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壁崩壊から28年、ベルリンは今

2017年11月9日、ベルリンの壁が崩壊して28年の時が経った。毎年ベルリンはもちろんのこと、世界各地でこの記念すべき日は大きく報道されるが、今年は特に大きな意味を持つ節目の年であった。ベルリンの壁が存在していた28年という年数に、崩壊してからの年数が並んだのである。

第二次世界大戦の幕が閉じ、米・英・仏による西側陣営はドイツの復興像として民主主義の国家再建を検討していたが、東側のソ連は自国の社会主義をそのまま持ち込もうとしていた。ベルリンはここから2つの勢力による都市復興が計画され、不完全な計画を東西にそれぞれ抱えた歪(いびつ)な都市へと成長していった。東ベルリンの復興計画では、当時ソ連で独裁を敷いていたスターリンによる社会主義リアリズムに端を欲したモニュメンタリズムを基軸に、西側諸国に対する「勝利」を表現した壮大な建築物やその装飾デザインが提案された。一方、東ドイツの中で陸の孤島となっていた西ベルリンでは、東ドイツおよび東ベルリンに対抗するかのような新しい都市への提案が相次ぎ、特に住宅や住まい方の点において議論が白熱した。両陣営目的も手法も異なる復興を行い続け、その歪さの象徴としてベルリンの壁が1961年として建設されたと言えよう。ヨーロッパの長い歴史の中で、都市の城壁は外敵から都市を守る役割を担ってきたが、ベルリンの壁は内からの逃走や情報の漏えいを食い止めるというこれまでにない意味合いを持っていた。ベルリンの壁は取り除かれる1989年まで「強化」が続けられ、鉄条網からコンクリートブロック、最終的には自動発射銃も取り付けられた。もはや街中に張り巡らされた兵器のような存在である。冷戦時代における米ソの対立はしばしば「鉄のカーテン」と呼ばれるが、その重々しさはベルリンの壁の持つ意味合いをまさに体現している。

だからこそ、壁の崩壊というすさまじく大きなエネルギーは28年という歴史のなかで多くの変化をもたらした。なかでも特に注目すべきなのは、2014年から旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域間の移住傾向が逆転していることである。その背景としてベルリンへの移住者増加が指摘されている。ドレスデンやライプツィヒも旧東ドイツ地域への移住が増加した要因となっている都市であるが、どちらも「ポストベルリン」と呼ばれるほど、ベルリンの持つ魅力は大きく評価されている。(出典:『東西移住傾向が逆転、1990年統一後初めて ドイツ』AFP BB NEWS  http://www.afpbb.com/articles/-/3088855

また、世界レベルで見てもベルリンには移住者が殺到している現状にあり、ヨーロッパの国際都市として地位を確立している。ロンドン、パリ、ウィーンといったような大都市に肩を並べ、成長を続けるベルリンの魅力はどこから生まれるのか。

度重なる革命と戦争によって激しい破壊・更新を繰り返してきたベルリンは、いまだ都市の完成というものを経験していない。だからこそ、ベルリンは独自の自由さとパワーを持ち合わせているのではないだろうか。東と西、それぞれが自らの計画をもう一方へ展開させることを目論んでいたため、今もベルリンの都市には歪さが残り、この歪さがベルリンらしさを生み出しているともいえる。壁が撤去されたことにより、ベルリンの中心部から郊外部に生まれた広大な空地は、そのまま開発・再開発の「伸びしろ」となった。

壁が建設されて28年、壁が崩壊して28年。この節目の年に見るベルリンの未来は明るい。

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